2018年 09月 08日
財務分析がイノベーションを阻害する? |
日本であれば、大手の投資銀行であっても、欧州系のようなディールフローの乏しい会社に所属している場合、ピッチメインでまともに財務分析が出来る人材がかなり少ないと言えるかもしれません。また、ディールのナレッジが日本のビジネススクールやコンサルティングファームに十分に蓄積されているとは言い難い面もあるので、英国や米国で当たり前のように行われているケイパビリティが当然ではありますが、日本には乏しいように感じています。それについては、欧米流の教育を導入している中国、香港にもある意味劣っていると言えるように思います。ファンドや投資銀行だけでなく、戦略コンサルなどにも言えることではありますが、基本的に旧来の日本の企業文化などもあり、なかなかの最近までこうしたプロフェッショナルファームを使う事が一般的ではなかったように思います(非常に残念です)。ファンドに至っては、リーマンショック前に少しづつ知られて来たとはいえ、一般的になって来たのは、日本企業のマインドセットが変化して来たここ5年くらいなってきたと感じています。また、コーポレートファイナンス全般としては、資金調達環境や資金調達手法が欧米のそれとは全く異なっているようにも感じているだけでなく、日本政府や日本企業(ひいては日本人)のマインドセットにまだまだ問題があるようにも思われます。だた、ここではそれについては触れないことにします。
さて、財務分析がイノベーションを阻害する要因とされていますが、その理由としては、DCFやNPVといった評価手法はイノベーションのような「よくわからない」ものに対しては、厳しい評価を下しやすいことをウォートン・スクールのジョージSデイ教授は挙げています。また、クリステン教授の指摘する厳しい評価がDCFによってくだされる傾向にあるのは、いわゆる、キャッシュフロー予測を立てる際の「Do Nothing」によるダウンサイドを考慮していないことにあるとしています。ウォール・ストリートやシティを含む一般的に使用されている財務分析の場合、キャッシュフロー予測の前提としては、基本的に上昇、モダレート、保守の3段階で、過去のキャッシュフローが継続するか上回るか(もしくは若干下がるレベルの保守的な見積もり)といった形式になっており、「Do Nothing」の場合、つまり「何もしない場合」に予測される破壊的イノベーションによる収益性の低下からもたらされるキャッシュフローの減少をうまく見積れないことを指摘しています。また、同時にクリステン教授は投資銀行が行う設定期間にも問題があるとしています。その理由としては、一般的にDCFの期間で設定される3年から5年のスパンではうまくDo Nothingのストーリーを描けないためであるとしています。
投資銀行側としては、3年から5年くらいのスパンでしかある程度の予測ができないため、クライアントサイドが理解しやすいように期間を設定していますし、そもそもDo Nothingのシナリオを投資銀行がうまく描けることはほとんどないように思います。行うとすれば、戦略ファームに依頼してDo Nothingのリサーチレポート作成させてからクライアントと交渉することにもなるため、負担が増えることになりますし、Do Nothingの影響をクライアントサイドが「無理やり対象会社を投資銀行が買わせようとしている」「投資銀行が無意味な資金調達をさせようとしている」といった誤った認識に繋がることになってしまえば、ディールブレイクの直接的な要因になることもありえます。また、万が一Do Nothingによる破壊的イノベーションを想定する場合、おそらくプロジェクトをもう一つ動かすことになり、余計にお金がかかるようになってしまうことも企業としては懸念材料になり得るように感じます。それを加味すると、なかなか5年以降のキャッシュフロー予測を立てることは困難になってしまうように思います。やるとしても、クライアント企業内部で10年以上を予測するプロジェクトファイナンスを動かす際に経営企画部主導でDo Nothingシナリオを社内調整していくことが必要になるのかもしれません。ただ、企業によるとは思いますが、M&Aの1プロジェクトで、それを行なっていくのは若干難易度の高い問題であるようにも感じます。そのため、アイデア自体は非常に有用性が高いものであるものの、実現困難なサジェスチョンであるようにも感じます。特に現状の市場環境であれば、より予測が困難な状況になってきており、明確にいってしまう事そのものがリスクであるため、5年以降のDo Nothing予測を誰もやりたがらないと言えるかもれません。
もう一つの、EPS(Earnings Per Share)依存という事ですが、株式会社であれば、「会社は株主のもの」であり、「従業員のものではない」というのは当然の考え方です。株主の立場である場合、一株あたりの利益の最大化が最も重要な問題であることはほぼ間違いありません。というのも、株価が下がって嬉しい株主は余程の変態でない限りないはずです。例えば、会社の利益が出た場合、株主への還元方法の一つとして、自社株買いがありますが、その自社株買いによって、本来であれば振り向けられるべき設備投資に資金が向かないようになってしまうため、イノベーションの機会を失ってしまうことに繋がるとクリステン教授は指摘しています。企業側としては、設備投資に資金を当時て継続的成長ができる環境を整えたいと思うものの、四半期毎にやってくる株主からの厳しい指摘に備える為には短期的利益を追うしか選択肢がなくなり、設備投資よりも目先のP/Lの改善をしたいと考えることになるのも当然かもしれません。EPSへの過度な依存については、株式会社の性質上、仕方のないことなのかもしれません。こちらの方は企業側から変えられるものではないような気もする為、政府サイドからの会計基準の改定などを行う働きかけが必要なように思います。とはいえ、現状の問題が簡単に解決されるとは全く思えませんが。とはいえ、起こらないとも言えないのが今の環境かもしれません。
財務分析がイノベーションを阻害するというのは、感覚的に誤っていないように思います。ただ、その誤った考え方を正していくにはそれなりの期間やコストが必要になってくることも確かですし、また、現状を変えるのは相当厳しいように思います。経験が蓄積すればするほど、他の手法が効率的でないように感じてしまったりすることもあり、正直誰もどうすれば良いのかわからないというのが現状かもしれません。
by lse_keio_sfc
| 2018-09-08 10:34
| 金融
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